児童虐待は許せない

児童虐待は卑劣で唾棄すべき犯罪です。被害者が子どもであることから、発見や解決に特有の困難さがあることは事実です。いえむしろ、それにつけこんだ犯罪行為であるといっても過言ではないでしょう。子どもゆえの困難さは、いじめや引きこもり、家庭内暴力と同様だと思います。しかし、実態の把握が困難であるからといって事件を抽象的・一般的にのみ捉えようとすることは慎まれるべきことです。それでは問題があいまいに、遠のいてしまい、ますます同種の問題の解決が困難になってしまいます。
 児童虐待という問題が現代社会に特有のものではないことは、議論するまでもなく、歴史を紐解けば明らかなことだと思います。過酷な児童労働、性的虐待、人身売買など、子どもはいつの時代も弱く、様々な危険にさらされる存在です。いい方を変えると、人間の子どもも他の生物のこどもと同様に理不尽な生存競争にさらされているのです。
 しかし一方では、そうした現実のなかで人間は少しずつ進歩を重ねて子ども達を守るための仕組みづくり=関連法の整備を進めてきました。それは必ずしも純粋に人道主義的理由ではなかったのかしれません。たとえば、為政者により堕胎が禁止されたことには労働力の減少を防ごうという意図があったことも事実だと思います。しかし、そうしたなかでも子ども達を思う気持ちが確かに存在したことも間違いのないことでしょう。
 そのような歴史を考えてみても、児童虐待を考えるときに違法行為=犯罪の取り締まりという観点を堅持するべきだということが理解されます。もしも児童虐待が現在社会において増加しているとすれば、それは児童虐待を罰する法の不備であると思います。法が社会の実態に即していない状態です。
にもかかわらず、児童虐待を社会的背景や(行政)サービスの不備の結果としてばかり捉えようとするのは迂遠な方法だと言わざるを得ません。それこそ、社会的背景などは日々移り変わってつかみどころのないものなのですから。

大腸内視鏡の特徴

おせわ整体院

糖尿病

温泉旅行に行こう

過払い請求無料相談窓口